株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック
今回も
日本公認会計士協会から公表されている
「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」
の概要について、ご紹介をさせていただきたいと思います。
そのなかでピックアップされている項目として
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①会計データ・裏付け証憑の整理
②発生主義会計及び収益認識会計基準への対応
③棚卸資産管理
④原価計算体制
⑤資産・負債の管理
⑥連結決算
⑦関連当事者取引の把握・整理
⑧内部管理体制の構築
⑨労務管理
⑩情報システムの内部統制
⑪不正への対応
⑫会計上の見積り
⑬会計基準の選択
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が挙げられています。
このうち、今回は
「②発生主義会計及び収益認識会計基準への対応」
についてご紹介をしたいと思います。
発生主義会計とは?
簿記や財務諸表論の勉強をしている人にとっては、
当然の処理である「発生主義」という概念ですが、
簿記等に馴染みのない人からすると、
ピンとこない部分もあるかと思います。
但し、IPOを前提とすると、
経理マンだけでなく、
経営者として、また、会社全員の意識として、
この「発生主義」の考え方を押さえておく必要があります。
すべての会計の基礎になる考え方ですので。
端的に表現すると、
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収益や費用は発生した時期に計上する
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ということです。
当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、
ビジネスの場面では意外と勘違いされるケースが多いものです。
というのも、
簿記や財務諸表論を勉強したことが無い人にとって、
多くの場合「お金の動き」を起点に、
ものごとを考えるのが通常だからです。
具体的には、
・お金が入ってきたら売上となる
・お金が払ったら費用となる
といった発想なのですが、
この考え方を「現金主義」と表現します。
一方で、会計の世界ではこの「現金主義」の発想ではなく、
・サービスを提供したときに売上を計上する
・サービスを利用したとき、モノを入手しときに費用を計上する
といった発想になります。
この考え方を「発生主義」と言います。
この「現金主義」と「発生主義」の違いが、
実務の中では意外と難しいものになります。
発生主義と現金主義の違いの具体例
たとえば、サービス提供にあたり、
前金でお金をもらった場合を考えてみましょう。
普通の感覚であれば、
そのお金を受け取った時点で売上に計上する、
という考え方になりがちです。
これは「現金主義」の考え方ですね。
但し、会計のあるべき形は、
前金としてお金を受け取った時点では、
サービス提供をまだ実施できていないので売上に計上されません。
その後、サービス提供をしたタイミングで売上を計上します。
これが「発生主義」の考え方です。
また、費用の計上についても同様です。
サービス利用にあたり、後払いとして請求書が届いてお金を支払う、
ということがあると思います。
このような場合において、
「現金主義」の考え方では
お金を払ったタイミングで費用計上をしますが、
「発生主義」の考え方では、
お金をまだ払っていなくてもサービス利用したタイミングで費用を計上します。
このように、実際のビジネスの現場では、
「お金が出入りするタイミング」と「実際にサービスが動くタイミング」は、
異なることの方が多いものです。
社員の給与でもそうですね。
どこかで締日を設けて、
その後の数日後に給与支払する、
というケースも多いと思います。
社員の労働は行われていても、
給与は後払いになるのが通常です。
ビジネスの多くのケースにおいて、
掛取引、後払い、前払い、分割払い、といった感じで
サービスや役務提供のタイミングとお金の動くタイミングが
ずれていることが多いのです。
そして、
お金が動いた時点というのは、
通帳の預金が動いたり、手元のお金を渡したり、
といった感じで明確に把握できるのですが、
サービスの発生したタイミングを把握するのは意外と難しいものです。
お金が動いて初めて取引を把握できるケースも多いため、
「現金主義」の考え方で会計数値を作るのは簡単なのですが、
「発生主義」の考え方で会計数値を作るのは難易度が高くなるのです。
そして、IPOを考えると、
すべての取引を「発生主義」で把握して、
会計数値を作ることが厳格に要求されますので、
この点で、経理処理のハードルが高くなってくると言えます。
発生主義において大切なこと
ちなみに、
経営者として是非認識しておいていただきたいのは、
この「発生主義」に対応しようと思った場合、
経理の仕事というよりは、各現場に認識が重要という点です。
結局、サービスを提供したり、ものを買ったり、
といった企業活動は、各現場で起きているものです。
営業マンやバイヤーといった各現場社員に、
この「発生主義」の考え方の認識が無いと、
経理だけで発生時期を把握できるものではありませんので。
そのため、IPOを目指す場合に重要になるのは、
経理機能のスキルアップを目指すことも重要なのですが、
それ以上に、各現場社員に最低限の会計の考え方を教育し、
その基礎として「発生主義」という概念があることを、
きちんと浸透させていくことがより重要になってくるということです。
そのなかで、会社全体として、
「発生主義の考え方できちんとした会計数値を作成できる体制」
を構築していく必要があり、
監査法人もこの点をまずは一番重視して監査をすることになります。
収益認識基準とは
今回は「発生主義」の考え方にフォーカスして
ご紹介をさせていただいておりますが、
もう1つのテーマである「収益認識基準」についても、
最後に簡単に触れさせていただきます。
とはいえ、このテーマも、
広い意味では「発生主義」の話になります。
発生主義の考え方で
取引を認識し、会計計上していくなかで、
一番重要な論点の1つが、
売上の計上タイミングとなります。
企業活動で一番大切なのは、
「売上をきちんと作っていくこと」
だと思いますし、すべての経営者が、
一番興味があるのが「売上高」だと思います。
そして、一番重要な項目であるがゆえに、
発生主義として認識する際に一番注意が必要になるのが、
売上の認識タイミングということなります。
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いつの時点で売上を上げるべきなのか?
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この点は、監査法人も一番注目するポイントです。
店舗運営をしている会社とかは、
お店で商品を買ってもらったタイミングが
サービス提供したタイミングであり、
かつ、通常は、お金も同時にもらいます。
そのため、
「現金主義」=「発生主義」
となり、売上の計上タイミングで迷うことはありません。
一方で、実際の企業活動の中では、
そのようなわかりやすいビジネスばかりではありません。
ソフトウェアの開発をして納品をしたり、
目に見えづらいサービスを提供していたり、
長期にわたってコンサルティングをしていたり、
クラウドサービスを提供していたり、
あらゆる形のビジネスが存在します。
このような様々なサービスについて、
いつの時点でサービス提供が行われているかを検討し、
それを、どのタイミングで売上を計上するのがベストなのかを
会社として方針決定する必要が出てきます。
但し、この検討・決定にあたっては、
会社が自由に決めてしまうと、いくらでも操作ができてしまうので、
そのための指針として「収益認識会計基準」というルールがあり、
IPOを目指すには、この会計基準に従う必要があります。
売上の計上タイミングは、
もともと一番注目されるテーマなのですが、
さらに、この「収益認識会計基準」が、
最近新たに明文化された基準ということもあり、
監査法人も今一番注目している視点になります。
そのため、
今後IPOを目指すにあたっては、
この「収益認識会計基準」に従った会計数値を作成していくことが、
とても重要な論点になるということで、
「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」
でも1つのトピックとしてピックアップされているということだと思います。
次回は
ということで今回は、
「②発生主義会計及び収益認識会計基準への対応」
というテーマでお伝えをいたしました。
今回の「発生主義」という考え方は会計において基礎の基礎であり、
経営者としては是非押さえておいていただきたいですし、
また、会社全体にも「発生主義」の意識を
浸透させていっていただきたい思っています。
次回は、
「③棚卸資産管理」
についてご紹介できればと思います。