【事例研究】ワインツーリズムに学ぶ知的資産経営

中小企業の経営者にとって、自社の強みをどのように活かすかは大きな課題です。特に資金や人材が限られる中小企業では、「知的資産経営」と呼ばれるアプローチが注目されています。知的資産経営とは、財務諸表には現れない 人的資産(人材や技能)、構造資産(ノウハウやブランド等)、関係資産(顧客ネットワークや信頼関係など)といった「見えない経営資源」を把握・活用し、企業価値の向上につなげる経営手法です。経済産業省もガイドラインを示し、中小企業にこの手法を推奨しています。

本記事では、小規模組織ながら地域活性化で成果をあげている一般社団法人ワインツーリズムの事例をもとに、「人的資産」「構造資産」「関係資産」の3分類ごとに同法人の強みや工夫を読み解きます。地域資源を活用したユニークな取り組みや成果を交えながら、中小企業の経営戦略に役立つヒントを探っていきましょう。

参考資料

目次

人的資産:ミッション共有によるチームの力

最大の強みは人的資産

一般社団法人ワインツーリズムの最大の強みは人的資産にあります。同法人は代表理事1名と理事2名、わずか3名のメンバーで運営されています。しかし、この少人数チームが持つ強烈な情熱とチームワークが、他に代えがたい価値を生み出しています。

知的資産経営報告書(2025年版)でも「当法人の最大の強みは人的資産です」と強調されており、3人のメンバーそれぞれが地域の社会課題を解決したいという強い使命感(志)を共有し、抜群のチームワークで周囲の協力者を巻き込んできた点が、成功の保証も見返りもない状況で活動を長年継続できた原動力だと述べられています。

実際、彼らは2008年から地域密着の観光イベント「ワインツーリズムやまなし」をスタートし、以降15年以上にわたり計31回開催(2024年時点)し続けており、累計で延べ27,630名もの参加者を集めるまでに至っています。この長期にわたる継続と実績は、少人数でも人的資産の活用次第で大きな成果を生み出せることを示しています。

メンバー各自の明確な役割と専門性

では、ワインツーリズムの人的資産の何が特筆すべきなのでしょうか。

第一に挙げられるのが、メンバー各自の明確な役割と専門性です。同法人の3名はそれぞれが自分の強みを最大限に発揮しており、報告書では3人を人間の身体に例えて解説しています。

代表理事の大木氏は組織の「頭脳」として将来の方向性を構想し、企画立案やマーケティング、PR戦略のノウハウ、データ分析力に長けています。理事の鶴田氏は「心臓や筋肉」のように地域現場に密着し、ワイナリー、ぶどう農家、行政、地域住民、大学などあらゆる方面と信頼関係を築く対人関係構築力を持っています。もう一人の理事、須藤氏は「骨格」の役割で、他の人が思いつかない大胆なアイデアでも法令面に照らし実現可能な形に整える調整力、すなわちイベントを形にする実行力に秀でています。

一人ひとりが異なる強みを発揮し、それを結集することで組織として大きな力を発揮しているのです。報告書でも「この3人の誰が欠けても当法人は成立せず、余人をもって代えられません」と述べられている通り、まさに人に依存した組織ではあるものの、それを弱みではなく唯一無二の強みとして確立している点が重要です。

明確な理念の共有と志の高さ

第二に、明確な理念の共有と志の高さが人的資産を強固なものにしています。

ワインツーリズムの理念は「ワインツーリズムを通じて地域を元気にする」こと。大木氏自身、地元山梨県にUターンして飲食店を創業した際、地場産ワインが地元の飲食店で消費されていない現実に危機感を覚え、「日常的に地元のワインを楽しめる街にしよう」「地域の産品で新たな消費行動を創り出そう」という志を抱いたといいます。この強い使命感に共感した仲間たちが集い2008年にワインツーリズム事業が始まりました。以降、「地域の魅力を発掘・発信して交流人口を増やし、地域経済を活性化する」という目的に向かって3名が心を一つにして走り続けています。

組織の規模は小さくとも、経営理念やビジョンをメンバー全員で深く共有し、ブレない軸を持つことが人的資産の価値を最大化するポイントだと言えるでしょう。理念への共感が強いほど、困難な局面でも踏ん張る力が生まれ、周囲の支援者やボランティアも巻き込みやすくなります。

実際、ワインツーリズムのイベントには地域住民や学生ボランティアも多数参加し支えています。報告書によれば、他大学の学生がワインツーリズムやまなしにボランティア参加したり、大学のゼミで研究テーマに取り上げられるなど、若い世代からの注目も集めてきたとのことです。山梨大学ではワインツーリズムへの参加が単位認定される授業プログラムもあるほどで、同法人の活動が教育機関にも認められています。

このように明確な社会的意義を持つ活動には共鳴者が集まり、人の輪が広がる好循環が生まれます。中小企業でも、自社の存在意義やビジョンを明確に打ち出し、それに共感する社員や協力者を得ることができれば、少人数でも大きな力を発揮できるでしょう。人的資産を活用する鍵は、経営者自身が強い志を示し、それをチームで共有することにあります。

構造資産:ノウハウ・ブランドを経営資源に組み込む

次に、ワインツーリズムの構造資産に目を向けます。構造資産とは、組織に蓄積されたノウハウや仕組み、ブランド、知的財産など、組織の中に内在化された経営資源のことです。小規模な組織ほど「人頼み」になりがちですが、成功する中小企業は経験や知見を蓄積して再現可能な形にし、組織の財産として活用しています。ワインツーリズムも長年の活動を通じ、多くの構造資産を築いています。

1.情報発信資産とノウハウの蓄積

ワインツーリズムでは2008年から継続してイベントを開催する中で、イベント企画・運営に関する膨大なノウハウが蓄積されてきました。報告書によれば、これまで長く続けてきた中で蓄積された情報発信物(各種SNSでの発信内容、講演資料、新聞・雑誌の取材記事など)が同法人の貴重な構造資産となっています。

実際、インターネットで「ワインツーリズム」と検索すれば、過去の開催の記録やメディア掲載記事など数多くのアーカイブ情報にアクセスでき、同法人の活動の蓄積を誰もが確認できます。

このように実績として蓄積されたデータや記事そのものが組織の信用を高める資産になっているのです。中小企業でも、自社の取り組みや強みに関する情報発信を継続することで、後々それらが営業資料やPR資産として役立ちます。例えば顧客事例の蓄積や専門的な発信内容は、信頼性を高める構造資産となるでしょう。

2.自社ブランドと顧客接点

ワインツーリズムの名称自体が強力なブランド資産です。同法人は「ワインツーリズム」という言葉を図形文字商標(ロゴ商標)として正式登録しています。そのため、新聞記事や論文等で「ワインツーリズム」という言葉が一般名詞的に使われる場合でも、「一般社団法人ワインツーリズムの登録商標」である旨が付記されることが多く、結果として広報・PRの観点で大きな強みになっていると報告書には記されています。

これは、長年の活動で築いたブランドを知的財産として保護し活用する好例です。ブランド名の商標登録は中小企業にとっても有効な戦略であり、自社の商品名やサービス名を商標化することで模倣を防ぐだけでなく、メディア露出時に正式名称としてクレジットされ信頼性が増す効果があります。

また、自前のチャネル確立も重要な構造資産です。

ワインツーリズムでは、自社の公式ウェブサイトを顧客との唯一かつ直接の接点と位置づけています。旅行代理店等によるツアー募集をあえて行わず、自社サイトで情報発信から申込受付まで一元管理することで、顧客データの蓄積やファンとの双方向コミュニケーションを可能にしています。

これは顧客基盤(ファン層)という無形資産を自社内に蓄積する戦略と言えます。一般に中小企業は販売代理店やプラットフォームに頼りがちですが、自社のウェブサイトやメールリスト、SNSコミュニティなど直接の顧客接点を持つことで、顧客との関係性や購買データといった資産を自社に蓄えられます。ワインツーリズムの例は、自社チャネルを持つことの価値を示しています。

3.仕組み化と継続性

少人数で始まった組織でも、事業を継続・拡大するには業務の仕組み化が欠かせません。

ワインツーリズムでは、現メンバーが50代に差しかかってきたことや、2024年に観光庁から地域DMO(観光地域づくり法人)の候補に認定されたことを契機に、次世代への継承組織力強化を課題に挙げています。具体的には、「イベント開催のノウハウを形式知化(マニュアル化)して構造資産に転換し、メンバーの役割を属人化から組織運営へ移行させる」計画です。

例えば、過去のイベント準備・運営手順をマニュアルやチェックリストとして整備し、新たに雇用する従業員にも共有することで、イベント開催が特定の個人に依存せず組織として再現可能な業務になります。さらに、「志や想いを組織に共有していくことも必要」と報告書が述べる通り、理念・ノウハウの継承を見据えて従業員を増やし、人的資産と構造資産の両面を強化しようとしています。

中小企業でも、創業メンバーの頭の中にある知見を言語化・文書化し、社内資産として蓄積することで、事業の継続性や拡張性が飛躍的に高まります。また自社の取り組みを第三者機関から認定・評価してもらうこと(ワインツーリズムの場合はDMO認定)が、対外的な信用力向上につながる点も見逃せません。

ワインツーリズムが候補DMOに登録されたのも、長年培った地域での実績や信頼が評価された結果であり、こうした公的な評価自体が新たな構造資産(信用力・ブランド力)となっています。

関係資産:地域資源の活用と多様なネットワーク構築

最後に、ワインツーリズムの関係資産について解説します。関係資産とは、組織を取り巻く外部との関係性から生まれる経営資源で、顧客や取引先、地域社会、行政、他企業とのネットワークや信頼関係などが含まれます。中小企業にとって単独で出来ることには限りがあるため、関係資産の構築は経営戦略上極めて重要です。

ワインツーリズムの事例は、地域資源を活かしながら多様なステークホルダーとの絆を築くことで、大きな価値を生み出している好例と言えます。

地域そのものが持つ魅力

まず特筆すべきは、地域そのものが持つ魅力を資産と捉えている点です。同法人が拠点とする山梨県「峡東地域」には、多彩な観光資源が存在します。雄大なぶどう畑やワイナリーの風景、美味しい地元ワイン、歴史文化、さらにはそこで暮らす人々の何気ない日常や風土に至るまで、外部の人々にとって魅力的に映るものが数多くあります。

しかし、そうした地域資源の価値は地元の人には当たり前すぎて気づかれていないことも少なくありません。ワインツーリズムはまさにこの点に着目し、地域の埋もれた魅力を発掘して外部に発信する活動を続けてきました。「観光イベントを通じて地域の魅力に気づいてもらうきっかけを作る」という意識でワインツーリズム事業を実現・継続してきたと述べています。

例えばイベントでは、参加者が自ら車やバスでワイナリー巡りをし、地元の飲食店で食事を楽しむなど、地域の中に飛び込んで交流する仕掛けがなされています。このような体験を通じて、参加者にとって地域が他人事ではなく「自分ごと」化し、地域ファンになってもらうことを狙っているのです。

イベント運営方針の工夫

興味深いのは、同法人のイベント運営方針にも関係資産構築の工夫が見られることです。

通常、観光イベントの主催者は参加者に過度なお膳立てをし、安全に楽しませようと細部まで管理しがちです。しかしワインツーリズムでは、主催者側があえて“いい意味での放任”をしています。事前に「○○地区でイベントを行うので協力お願いします」とワイナリーや地域住民に呼びかける以外は、各受入側(ワイナリーや地域の方々)に創意工夫によるおもてなしを任せているのです。

参加者側にも、自分で訪問先を決めて計画を立ててもらい、当日は自由に巡ってもらうスタイルを取っています。主催者としてはリスクもありますが、「お客様も受け入れる側もお互いを信頼しているからこそ成り立つ」とし、むしろその信頼関係づくり自体を地域づくりの核と位置づけています。

イベントが無い日常でも、地域の人々が自主的に観光客を受け入れ、観光客も気軽に地域を訪れる――そんな理想的な関係性を日常化することが究極の目標だと述べています。このように信頼に基づく緩やかなネットワークを醸成する手法は、関係資産を構築する上で大いに参考になるでしょう。

中小企業でも、顧客や取引先をがんじがらめのルールで管理するのではなく、互いの信頼に基づいた協働関係を築くことができれば、長期的なファンづくりや支持につながります。

多方面との連携による支援獲得

さらに、多方面との連携による支援獲得も見逃せません。

ワインツーリズムは地域住民だけでなく、行政機関や地元企業、大学などとも広く連携しています。報告書では「地域づくりは当法人単体では難しく、行政や企業など提携相手が必要」と指摘し、これまで地域を巻き込んで様々な実証実験(社会実験)を行ってきた繋がりを活かし、行政や企業との関係を強化していく方針が述べられています。実際、同法人の活動資金には自治体からの補助金も充てられており、地域課題の解決に向けた公的支援を取り付けていることがわかります。

例えば2022年には、峡東地域の二次交通(観光客向け交通手段)を改善するため、イベント時にAI搭載タクシーの実証運行を行い、地元の勝沼ワイン協会等と協力して観光シーズンの定常運行を計画する試みもなされました。こうした行政・業界団体・企業とのプロジェクト実施は、関係資産があって初めて実現するものです。

中小企業でも、自社単独では解決できない課題に対しては、自治体の制度を活用したり、他企業と協業プロジェクトを立ち上げたりすることで、新たなリソース(人材・資金・ノウハウ)を獲得できます。ポイントは、平時から信頼関係を築いておくことです。

ワインツーリズムのメンバーは長年にわたり地道に地域に溶け込み関係づくりを積み重ねてきた結果、それが「地域連携DMO」に認定される背景になったと自負していると述べています。地元で築いた信用が公的なお墨付きへと繋がり、さらに広範な支援を呼び込む――この好循環は中小企業にも十分応用できる考え方です。

おわりに

知的資産経営は、中小企業が自社の見えざる強みを再発見し、戦略的に活用するための有力な手法です。一般社団法人ワインツーリズムの事例からは、人的資産・構造資産・関係資産のバランスよく活用することが、持続的な価値創造につながることが分かります。

たとえ社員数が僅かであっても、熱意ある人材(人的資産)がチームとなり志を共有すれば大きな力が発揮できること、経験やノウハウを蓄積し仕組みやブランド(構造資産)に昇華すれば組織の強固な土台となること、そして地域資源や外部パートナーとの信頼ネットワーク(関係資産)を築けば自社だけでは成し得ない事業展開も可能になることが示されました。

経営に悩む中小企業の経営者の方は、まず自社の強みを3つの知的資産の視点で洗い出してみてください。

「うちの会社の人的資産は何か?従業員の情熱やスキル、ノウハウが活かし切れているか」
「社内に眠る構造資産はあるか?これまで培った技術やブランド力、独自の仕組みをもっと活用できないか」
「社外との関係資産は十分か?顧客や地域、取引先との信頼関係を深め、新たな協力を得られないか」
――こうした問いを立てることで、自社ならではの経営資源が浮かび上がってくるはずです。それらを磨き上げて経営戦略に組み込み、必要に応じて知的資産経営報告書のような形で社内外に発信すれば、社員の意識統一にもなり、金融機関や行政からの理解・支援も得やすくなるでしょう。

ワインツーリズムの取り組みは「見えない資産」を武器に地域課題を解決し事業を成長させた好例です。

中小企業も発想次第で、自社の人的資産・構造資産・関係資産をフル活用し、地域や市場で唯一無二の存在になることができます。ぜひ自社の知的資産に目を向け、次の経営戦略に活かしてみてください。それがきっと、持続的な成長への道を切り拓く原動力となるはずです。

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